【温故知新】ブックレビューNo.6「mamboo流大釣りの極意」
ブックレビューの6冊目です
予定していた休漁期間は無事経過したんですが、まだご紹介したい本は残っているので、今後も時々ブックレビューはポストし続けたいと思います。
「mamboo流大釣りの極意」坂井廣 著(2002年集英社新書)

もっと早く出会いたかった本です。
この本は2002年の刊行なので、温故知新という感じではありませんね。むしろ、インターネットの活用を含んだ最新の釣り指南の書と言って良いと思います。
たけちゃんさんからのお勧めがあり、ほぼ同じ時期にこっとんさんもブログで取り上げられた本なので、即ポチってしまいました。
読みやすい本です。文字も大きく、文章も平易で要点が分かりやすかったです。平日の通勤時間だけに読むスタイルでも、2日(実質3時間強)で読了できました。
作者の坂井廣先生は、日本有数の実績を持たれているロケット物理学者です。定年退職後、その科学者としての力を惜しげもなく釣り研究に注ぎ込まれて、趣味としてではなくビジネスとして事業化されました。
月800万ヒットに達した「総合釣り情報サイト『mamboo』」です。
(残念ながら既に閉鎖されています)
この本の中で、坂井先生はご自身の統計的アプローチによる釣り研究の概要と、その結果に基づく魚種ごとの特性(特に「時合」)について書かれてます(投げ釣りについては力学的なアプローチもあります)。
しかし、読み進めているうちに、釣り本を読んでいる感覚ではなくなりました。
この本は確かに釣りのテクニックが記載されている部分があります。でも、それより「創業家の自伝」としての色彩が強いと思います。坂井廣先生はたいへんな釣りキチですが、先生の本質は創業家(アントレプレナー)であり、この本には定年後の創業に係る先生の哲学や苦労が数多く記載されています。常に何かにチャンレンジして成功を目指すことを人生の糧とする方が、たまたま釣り好きだった、という感じでしょうか。
しかも、類稀な力を備えた方です。
有能で実績ある科学者でありながら、経営の才能を兼ね備えておられます。経営といってMBA的な采配レベルの話ではなく、泥まみれの草の根営業から自分でこなす本物の「起業」です。
定年後にIT技術に適応して事業化に成功した方が、これまでの日本にどれだけいたでしょうか?
そんな思いを抱きながら読んだこともあり、書かれている釣りのテクニックよりも、坂井先生がどんな方で、どんな思いでこの本を書かれたのか、という興味を1番にして読む形になりました。
そんな姿勢で読んでみたら、この本には大きく2つのメッセージがあるような気がしました。
ひとつは、「真理は常に具体的」と指し示すような、統計的アプローチを基にした魚の世界の法則の導き出しです。この手の試みは他の本等でも何度も見たことはありますが、坂井先生は日本の科学技術を牽引してきた「本物の物理学者」であることもあり、一味も二味も違います。
違うのは「難しい計算を使う」とか「高い計測機器を使う」とかはではありません。
「目指す理想の高さ」が違うんです。
魚の釣れ方の傾向を統計的に導き出すため、先生が集めた釣果サンプルデータは3万5千本。ご自身の釣行回数もかなりの数に上ったようですが、さらに人脈も活用しながら方々に協力を仰ぎ、実に15年もかかって集められたものです。
これは最初から強固な意志で「日本一、世界一」の釣果データベースを目指していなければ到底不可能なことだっただろうと思います。
※母数が大きい対象について統計的に最低限の信憑性を持たせるには2000サンプルくらい必要です。比較は難しいですが、僕が今までに釣り研究や水産研究で見聞きした中で、この釣果サンプル数は他には比肩するものがありません。水産研究における種苗放流後や標識放流後の再採捕を基にした研究でも、サンプル数はこの半分にも満たないものが多いです。
しかも、産卵をする成魚を条件とする観点から「全長30cm以上」に限定されています。漁業資源維持やご本人の大物志向の観点から、稚魚・幼魚サイズは対象外とされたようです。一般に魚は小さいほど警戒心が薄く釣りやすいので、大きいサイズに限定することはサンプル収集を難しくします。言い換えると一切の手抜きがないと言えると思います。
※坂井先生が釣りをビジネスにしようと思い立ったのは40歳。当時の定年が55歳です。そして想定される定年後の余命が23年。先生は残りの人生の範囲でデータベースを完成させ、事業を育てることを目標とされました。当初、データサンプルの目標数は2万本だったそうです。それが3万5千本にまで伸びた理由は、40歳から定年までの15年間をフルに活用し続けた結果だったと読み解くことができます。ここからも定年後の起業を理想に近づけたい、という坂井先生の思いが強く伝わってきます。
さらに、統計解析のプロとしての手腕と不屈の情熱が加わるので、このデータから導かれる回帰曲線は信憑性の高いものに至っただろうと思います。特に、魚の時合に対する木星の重力の影響に気づかれたくだりは、先生の情熱の賜物と感じました(この本では統計解析結果の詳細は触れられません。おおまかな経緯や考え方のみ触れられています)。
これらの内容は概説的なもので、主に投げ釣りの観点での考証ですが、釣りをされる人なら誰が読んでも明日から参考に出来ることがあると思います。
定年退職後に、これだけの情熱と行動力を持って高い理想を追求し続けることは本当に尋常ではないと思います。釣りに関する内容よりも、その「生き様」に、感じるものがありました。
ふたつめのメッセージと感じたことは、「想像力の幹を育てることの大切さ」です。
釣りを長くされている方は、みなさん必ず自分なりのノウハウを積み重ねられていると思います。しかし自然相手でつかみどころのないことに感覚で対応する部分も多く、客観的な説明で人に伝えることは難しい(たいていその必要は無いかもしれませんが)感じではないでしょうか。
それ自体はまったく悪いことではなく、いつの時代でもたくさんの釣り好きの人生を支え、繁栄的に成立していることだと思います。
坂井先生はこの本の中で、魚の時合の考え方についてはある程度の具体性をもって書かれていますが、その情報を釣果につなげていく方法についてはほとんど書かれていません。この本を参考にする人はたくさんいるとしても、その誰もが「釣れる」ようになるとは思っておられないように思います(実際、本の中にもこのような主旨と思える文があります)。
先生は、客観的考証に基づく想像力の「幹(みき)」を提供してくださっているんだと思います。
仮説に仮説を積み重ねて得た結論には不安定性があります。そこにしっかりした「幹」を加えることによって、釣り師ひとりひとりの想像力が、より信頼性の高い結論に辿り着き、さらに深い推論と実証の世界に踏み込んでいけるようになる、ということを期待されておられるような気がします。
同時に、奥深い釣りの世界に自分の五感で踏み込み、もがきながら進んで行くことの楽しさを奪ってしまうことのないように、という配慮でもあると思います。先生自身が「自分で答えを見つけること」の楽しさを誰よりも知っている方だとすれば、当然のことなのかもしれません
※構築されたデータベースを事業化されていることや、「釣れること」を保証できないサービスの性質からも、核となる分析や具体的な結論を記述できない理由はたくさんあったと思います。しかし、この本には著者の思いが溢れています。書かれていることだけではなく、書いていないことにも強いメッセージが込められている・・・。そんな風に感じました。
うーん、思いが入るとブックレビュー記事は難しくなってしまうものなんですね。自分で読み返しても読みにくく、ややこしいのですが、うまくカットして短くすることができませんでした・・・。
なお、著者の坂井廣先生は平成25年初頭に享年74歳で没されています。
尊敬と感謝の気持ちとともに、心からご冥福をお祈り申し上げたいと思います。