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2022年2月 2日 (水)

【雑談】「ジャック・マイヨール」と「七ツ釜」

ずっと訪れたかった場所に行ってきた話。

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みなさんは「ジャック・マイヨール」氏を知っていますか?

ひと頃は日本でも有名でしたが、もう亡くなってから20年以上。若い人には聞き慣れない名前かもしれません。


ジャック氏が世界的に有名になったきっかけは1本の映画。

Wikipedia - グラン・ブルー(映画)

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この素敵なポスターは今も我が家に大切に飾ってあります。


監督は、今や巨匠として名高いリュック・ベッソン。その実質的な最初の大ヒット作です。

名作です。
決して幸せなストーリーではありませんが、僕にとって胸に深く突き刺さっている、特別な1本。海が苦手だった僕が、海とイルカを好きになるきっかけになった作品です。

(映画の内容には触れません。もし未見で興味のある方がおられたら、ぜひ「完全版」を見てみてください)

この映画に描かれているフリーダイバーの主人公「ジャック・マイヨール」にはモデルがいます。

それが実在の人物「ジャック・マイヨール」



🏁🏁🏁


Wikipedia「ジャック・マイヨール」
1927年4月1日-2001年12月22日。フランス出身のフリーダイバー。


ジャック・マイヨール氏は「人類史上初、素潜りで水深100mを達成した人物」。また、「水性哺乳類だけに起こり、人間には起こらないとされていた『ブラッド・シフト現象(※)』が人間にも起こり得ることを証明した人物」として有名です。

※「ブラッド・シフト現象」…高い水圧の環境下で、体中の血液が内蔵と脳に集まって水圧に対抗しようとする現象。従来の常識では、肺が水圧によって押し潰されるため人間の素潜り限界深度は約60mとされていました。


余談ですが、ジャック氏がフリーダイビングで「水深101m」を達成していた時、腕に着けていた時計は世界的時計メーカー「オメガ」の「シーマスター」。その後の開発テストにジャック氏が協力したこともあり、同氏を題材にした限定モデルも発売されました。中古市場では今も人気ですね。

僕は、昔限定品を入手するチャンスをケチって逃したことを今でも後悔しています(笑



🏁🏁🏁



映画をきっかけにジャック・マイヨール氏のファンになった僕は、同氏の本や出演映像などを漁るようになり、その数奇な半生をより詳しく知るに連れ、さらに敬愛の念を強くしていきました。

そんなファン心理のピークに残る「忘れられない記憶」があります。

1999年の秋、日本で著書の新刊が出版されるにあたり、ジャック・マイヨール氏が来日することになりました。そして、都内の書店でサイン会が開催されることになりました。

その話を聞きつけて、僕は矢も楯もたまらず駆けつけました。

*サイン会が開催されたのは平日。当時はネット予約などというものはまだ存在せず、サイン会参加の整理券配布は早朝現地での先着順でした。当時すでに社会人で日々忙しく働いていた僕ですが、当日は無理やり有給休暇を取って早朝から並びました(1番を取る気マンマンでしたが、気合の差で2番目に・・・)。


そして、ついに僕は憧れのジャック・マイヨール氏の前に立ち、固い握手をかわすことができたのです。
あの、大きくて柔らかい手の感触と人懐っこい笑顔は忘れられません。

その時に同氏にいただいたサインを公開します。

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僕の本名だけマスキングご容赦ください。右下の美しいカタカナもジャック氏本人筆。


サインにジャック氏の手書きメッセージが添えられていますが、その文面をご覧ください。

「Happy Birthday!! Good Luck.」

これは、「今日は僕の誕生日です」と伝えたところ、ジャック氏が笑顔で書き足してくれたものです。
そう、何の偶然か、サイン会の開催日が僕の誕生日と重なっていたんです!(本当の話です)

人生最良の誕生日の思い出のひとつです。



🏁🏁🏁



ジャック・マイヨール氏の人生と「イルカ」の関わりは深く、切っても切り離せない絆のような印象を受けます。特に、30歳の頃に偶然働くことになったマイアミ水族館で飼育を担当した「クラウン」というイルカとの関係は特別です。

ジャック氏に水中での効率的な振る舞い方を教えたのはクラウンなんです。著書「イルカと海に帰る日」で読むことができるクラウンとのエピソードは極めて印象的で、忘れがたいものばかりです。

そんな彼が、人生で初めて自然のイルカに出会った海。

それは日本の海です。

Wikipedia-天然記念物「七ツ釜」
佐賀県唐津市にある複数並んだ海食洞。


ジャック・マイヨール氏は子供の頃、父の仕事の関係で上海に住んでおり、そこから毎年夏になると避暑のために一家で佐賀県唐津市に滞在するのが通例でした。子供時代のジャック氏に素潜りを教えたのは東唐津の漁師たちでした。

そんなある日、七ツ釜の海で素潜りをしているジャック少年に興味を持ったかのように、背後から近づいていた大きな魚影。

それが、ジャック氏が初めて出会ったイルカだったんです。

そんなエピソードを知った当時、いつか唐津、いえ「七ツ釜」に行ってみたい、と思いました。

ずっと心の中に秘めていたその思いが鮮やかに蘇ってきたのは福岡への単身赴任が決まった時。

しかし、七ツ釜は佐賀県の観光地であり、福岡からは県堺を超えるエリアでもあることから、コロナ禍の最中ではなかなか機会に恵まれませんでした。

(県内の糸島へのボート釣りには行きまくっていましたが(笑))


昨年11月、コロナ禍がほんの少し落ち着いていた時期。ついに僕は七ツ釜の地を訪問を果たすことができました。実に20年以上を経てやっと思いが実現したことになります。


「七ツ釜」は海食洞(波による浸食で出来た洞穴)で、波の穏やかな日には観光船で海から接近して観望することができます。

また、陸路で行けば、徒歩でいける展望台を含む、素敵な散策道もあります。

海岸の独特で複雑な岩の形(柱状節理)と、悠久の営みを越えて並んでいる大小の洞穴の風景は一見の価値があります。

僕はあえて陸路を選び、ゆっくりと周辺を散策しながら展望台を訪れました。吹き渡る風と、海岸の岩肌を洗う波の音が独特なリズムを刻み、何か他の場所とは違う空気を感じる場所でした。

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陸路で七ツ釜に向かうと、途中で風力発電施設を間近に見られます。大迫力!


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七ツ釜展望台に向かう遊歩道。とても気持ちの良い原っぱです。


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原っぱの海側の縁に「乙姫大明神」と書かれた女性像があります。竜宮城の乙姫さま?

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展望台から望む「七ツ釜」。ジャック少年もこのあたりで素潜りを楽しんでいたのでしょうか。


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呼子の町から出船してくる観光船「イカ丸」。波が穏やかなら、洞穴に入り込んでくれます。


ちなみに、七ツ釜周辺は磯釣りの1級ポイントとしても有名で、釣り人の姿もよく見られます。



🏁🏁🏁



ところで、「七ツ釜」は、仮屋湾と同じ半島にあります。「隣の海」と言って良い地縁です。

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仮屋湾独特の風景「風力発電とトイレ付き釣り筏」。風情(?)ありますよね・・・(笑


つまり、昨年11月中旬からの約2ヶ月間、僕は敬愛するジャック・マイヨール氏にゆかりのある海で釣りをしていたことになります。

たった5回しか訪れることができなかった仮屋湾ですが、単なる回数では測れない濃密で素敵な時間を過ごすことができました。あの得難い経験が、ジャック氏の遠い面影に通じていたんだと思うと、胸の奥に湧き上がるものを禁じ得ません。

僕にとって、唐津・七ツ釜・そして仮屋湾は特別な場所になりました。

また訪れる機会があるかどうかはわかりません。

しかし、人生の旅路においてこんな稀有な機会に恵まれたことに、心から感謝したいと思います。

時を超えてたゆたう悠久の海の営みに思いを馳せつつ・・・。


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コメント

私はあまり映画やビデオは見ませんが、グランブルーは3回もビデをを見ましたし
DVDも持っています。
それにしてもサインは凄いですね。直筆を見せて頂いただけで震えがきそうです。

ただ、映画の中ではマイヨールよりもエンゾーが真っ緑の深海に沈んでいくシーンが印象的に心に焼きついています。
七ツ釜は知りませんでしたが真鶴や東伊豆の(今名前が出てきませんが)彼が潜った海を私も潜ったつもりにはなっています。

潜りと言えば素潜りではなくあのレギュレータの発明者とも言われ世界中の海を我々に見せてくれたジャック クストーですね。
シパダン島もその一つですがあの海中景観は私のダイビングライフの中では未だに忘れられないスポットの一つです。

彼らの影響というか彼らへの憧れで私も素潜り(15mでしたが)をやりましたしスキューバもやりました。
こんな話をしているともう一度グランブルーを観たくなってきます。

> 五目漁師さま
いつもコメントありがとうございます!

ジャック氏は東伊豆で開かれた世界大会でも記録を出されてますよね。富戸?だったかと思います。

五目さんとは、これまでにも2回くらいジャック氏やダイビング、ニコノスの話をさせていただいた覚えがあります。もちろんクストー氏の話も覚えてますo(^-^)o。中村征夫氏の話をした覚えもありますよ。

僕は人生で2度ほど趣味の選択と集中をしたことがありますが、その1回目の結論が「ダイビングには手を出さない」でした。大学生時代の話で、主な理由は経済的なことでした。カメラ機材を買い揃えるコスト、撮影行のコストを比較して、写真撮影は地上に限定することにしたんです。この決意は、裏を返せば海中写真やダイビングにも、かなり興味があったと言うことを示しています。

子供の頃から潜水に得意意識があったこともあり、かなり苦渋の決断でした。

その心の中に押し込めた思いが、ジャック氏への憧れとして昇華した面があると思います。

同じ理由で、五目さんのダイビングのお話に触れさせていただくのも大好きです!

場末の映画館の上映情報をチェックすると、最近でもたまにどこかでグラン・ブルーをやっていることがあります。僕もDVDは持っているのですが、そんな機会に足を向けるのも好きですね♪

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