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2014年2月の4件の投稿

2014年2月20日 (木)

【温故知新】ブックレビューNo.5「釣師・釣場」

温故知新のブックレビュー、5冊目です


「釣師・釣場」井伏 鱒二 著(1964年新潮社)


Bookreview6
平成5年で第6版とありますが、復刊されたもので、装丁も当初とは変わっているようです。

もともとは昭和35年に発刊されたものの改訂版で、昭和39年に発刊された本です。僕にとって中学生時代に読んだ「ジョン万次郎漂流記」以来の井伏鱒二先生の著作になります


完全に「釣り本」といって良いと思います。


この本の執筆を目的とした取材旅行に、井伏鱒二先生は2年間ほど費やされているようです。


釣り本といっても、井伏鱒二先生本人の言葉としての釣り指南が詰め込まれている訳ではなく、各地で名のある釣り師を訪ね歩き、その名人の釣りや、聞けた話をまとめる形で構成されています。ひとことで言えば、この本における井伏鱒二先生は「釣りジャーナリスト」としての立場に徹しておられる感じですね。



各章のタイトルを引用させて頂きます。


1. 「三浦三崎の老釣師」
2. 「外房の漁師」
3. 「水郷通いの釣師」
4. 「尾道の釣・鞆ノ津の釣」
5. 「甲州のヤマメ」
6. 「阿佐ヶ谷の釣師」
7. 「最上川」
8. 「庄内竿」
9. 「長良川の鮎」
10.「奥日光の釣」
11.「笠置・吉野」
12.「淡路島」


第1、2、12章は海釣りの話、それ以外は主に川釣りの話です。全体としては川釣り、特にアユに関する比率が高い感じです。井伏鱒二先生は特にアユがお好きだったんでしょうか。


僕はヤマメやアユ釣りの経験がないので、残念ながらこの本の魅力を半分も受け止めきれていないかもしれません。イメージの湧きにくい部分をなんとか理解しようと、章ごとに繰り返し読んだため、読み切るのに2週間もかかってしまいました(朝夕の通勤時間だけで読んでいます)


それでも、海釣りに係る章と竿に係る章はとても参考になりました。海釣りはほとんど鯛釣り(漁)の話で、あまり目新しい話が出てくる訳ではないのですが、手漕ぎボート釣りをされる方は興味深く読めると思います。竿の話は、竿作りの話だけでなく、竿のさばき方の話が少し出て来るところが貴重です。考えてみると、竿さばきを勉強できる機会って本当に少ないですよね。



個人的に、この本のあとがきに惹かれてしまいました。


井伏鱒二先生はこの本について、こんなことを書かれてます。


 釣りたくても釣れないので、釣れる人から釣れる話や釣る話を聞いてくる。
 そういう立場でもって書いた釣り談義である。
 先方はこちらが要点を理解しないのでいろいろもどかしかったに違いない。


謙虚さが伝わる口上です。同時に、(腕前はともかく)釣りが大好きで、釣りに係わる本を書きたい、という気持ちがひしひしと伝わってくる気がします。また、「釣れる話」と「釣る話」という言葉をわざわざ使い分けていることに、インタビューに応じてくれた釣り師への尊敬と礼譲の念を感じます



また、こんなことも書いてあります。


 釣り支度で電車に乗っていると「釣れましたか」などと話かけられることがある。
 そういう場合、こちらの言うのを聞くよりも相手自身の釣り談義をしたいために
 話しかけるのだと思って差し支えない。

 
 私は、そんな自漫話を聞くのが大好きである。


文豪として有名な井伏鱒二先生。この本を読むまでは、もっと泰然とした方を想像していました。こんなお人柄の方だったということは少し意外な感じです。
そして、すっかり好きになってしまいました


いまさらですが、「山椒魚」や「黒い雨」といった先生の有名作を読んでみたくなりました。
作家の人柄の触れるというのは、とても楽しいことですね







ようやく休漁期間の明けが見えてきました


予定では、今週末を過ぎれば実質終了になります


釣り本を読むことと並行して行ってきたスマホ制限の試みも効果が出ていて、かなり頭痛も楽になってきました。


仕事だけは非常に忙しくて辟易してますが、這い釣りに出る気合いは十分(?)な気がします


ちょうど来週から気温も上昇に転じる予報ですし、予想をはるかに下回っている大津の水温も、そろそろ底を打ちそうですね(黒潮が大蛇行して遠く離れているのは気がかりですが・・・)


あと少し心はもう海に飛んで行ってしまいそうです





2014年2月11日 (火)

【温故知新】ブックレビューNo.4「幻談・観画談 他三篇」

ブックレビューの4冊目です


今回は本当に古いです


「幻談・観画談 他三篇」幸田露伴 著(1990年岩波書店)


Bookreview4


昭和13年に発刊された本の文庫版です。幸田露伴の5つの短編が収録されています。かなり古い本で、文章も文語体なので、ややとっつきにくい部分もあるかもしれません。


この本を入手したのは、表題にもなっている「幻談」を読むためです。


「幻談」はNo.1で取り上げた「ムツゴロウの大漁旗」の中にチラッを出てきます。またNo.3の「大江戸釣客伝」の冒頭のエピソードは丸々この短編のオマージュになっています(第1章のタイトル自体がそのものズバリ「幻談」です)。


ただし、読んでみた感想として、この本を「釣り本」として捉えるのはおすすめできません。森鴎外や尾崎紅葉と同じ時代に一世を風靡した幸田露伴の文芸作品と考えるべきと思います



この本に収められているのは以下の5つの短編です。


「幻談」
「観画談」
「骨董」
「魔法修行者」
「蘆声」


このうち、釣り絡んでくるのは「幻談」と「蘆声」です。



「幻談」、「観画談」。


2作品とも、過去に露伴が知り得た、不思議な出来事を経験した人の体験談を伝聞形式で書き連ねた体裁のお話になってます。ちょっとした怪談のような捉え方もできるかもしれません。特に「幻談」は不気味な感じがやや強い作品です。


でも、怪談の類と違うところは、文章から修飾や誇張が限りなくそぎ落とされていて、淡々と話が進んでいくことです。正直、最初はつまらない印象を受けました。


読み終えて幾日か過ごしていると、頭に残ったエピソードが、色々な形で語りかけてくることに気付きました。特に強い印象を持ったわけでもないのに、頭の中にたびたび思い出され、そのたびに新しい印象が浮かんでくるんです。


うまく表現できませんが、語って来るの文字ではなく、行間?という感じ。心に入った真っ白な文章が鏡のような働きを持ってきて、自分の心の中を反射し始めたような気がしました。



ハンス・クナッパーツブッシュをご存知でしょうか?
20世紀初頭から半ばにかけてドイツで活躍したオーケストラ指揮者です。僕は一時期、ワーグナーの曲を色々な指揮者で聞きまくっていた時期があり、その時にCDで聞いた中の1枚だったんですが、忘れられません。


淡々として機械的なテンポの演奏。聞いていると単調でガッカリ気味。しかし気が付くと、批評しようとする意思の下側からいつのまにか潜り込んで心の奥に響いてきます。演奏も半ばを過ぎると、いつのまにか音と自分が一体になり、終盤には音と物語が全身に溶け合っています。演奏が終わるとハッと我に返り、経験のない感動に包まれている自分を見つけました。


まるで魔法のような演奏。最高の指揮者のひとりと言われます。



比較すること自体がおかしいんですが・・・。「幻談」と「観画談」から受けた印象を総合すると、その感覚に似ていました。無機質なのに、いつのまにか全身に沁みてくる・・・。文芸作品からこんな印象を受けたのは初めてです。



ところで、「骨董」と「魔法修行者」は作品の性格が全然違います。
とにかくウンチク


しかしこのウンチク、「まさに文芸」というべき超ハイレベルです。桁外れ、まったく想像もつかない博識さ。「骨董」は時代を超えた人の道楽にまつわるエピソードを披露し、読み方によって推奨とも戒めとも取れる筆致になっています。「魔法修行者」も似た形式で、人間の行動を歴史的事実から考察するようなお話しです。ただし、これも感じ方は読み人に託されているように感じます。


圧倒的な知識量。


今までに読んだことのある本の範囲で、1番博識で知恵のある作家として思い出すのはP・F・ドラッカー、D・カーネギー、南方熊楠なのですが、そこに比べても、博識さに関しては露伴が1番かも?、と思ったりしてしまいました


特に宗教、哲学、それに歴史については、まるで古今東西すべての書物が頭に入っているかのようです。近年の天才と感じるムツゴロウ先生や北杜夫先生が子供に見えてきてしまうレベルです。


露伴の本はまだこの1冊しか読んでいないので、ただの勘違いか思い込みかもしれませんが、ひとつ気が付いた点があります,露伴は仮説の上に仮説を建てることをしないような気がします。おそらく、あまりの博学さのせいで想像を積み上げる必要がないのかもしれません。言い換えれば、露伴の発想の直接の土台は、常に世界中のどこかに実際に存在しているように感じました。



博学と明察の人、幸田露伴。


釣りが大変に好きだったそうです。5つめの「盧声」では、露伴が何より愛したという釣りのひとときに訪れたエピソードが引かれます。


それにしてもこの本に収められた5つの短編のバランスは絶妙です。小説あり、エッセイあり、論説あり。言い換えると不思議あり、畏怖あり、教訓あり、慈愛あり。


僕はこれからも露伴の本を読んでみようと思いますが、最初にこの本に当たったことは幸運なのかもしれません。この次は、釣りを主題にした作品を探してみたいと思います。



ところでこの本は文語体なので、読んでみようとされる方も少ないかと思います。


そこを考慮して、というと変かもしれませんが、印象に残った文をひとつ、引用させて頂こうと思います。「魔法修行者」の1節です。


「何事でも目的を達し意を遂げるのばかりが楽しいと思う中は、
 まだまだ里の料簡である。その道の山深く人った人のことではない。
 当下に即ち了するという境界に至って、一石を下す裏に一局の興はあり
 一歩を移すところに一日の喜は溢れていると思うようになれば、
 勝って本より楽しく、負けてまた楽しく、禽を得て本より楽しく、
 獲ずしてまた楽しいのである。」


※「里の料簡」は井の中の蛙、という感じ。「当下に即ち了する」はその一瞬一瞬にすべてが完結している、というような意味だと思います。


この文、読めば読むほど共感が湧いて来ませんか?


釣りっぽい表現はないのですが、あらゆる趣味や道楽に通ずる露伴の所見と捉えて良いと思います。露伴が大変な釣り好きだったということからも、きっと釣りを楽しむ境地も思い浮かべながら書かれた文章に違いありません


僕は、自分の釣りの楽しみ方がまさに「里の料簡」レベルであることに耳が痛い気がしますが、いつか心の底から瞬間瞬間を楽しむことができるようになれたらいいな、と思いました



心から海と釣りを愛する方々がたくさんいる手漕ぎボート釣りの世界。
露伴のいう「境界」に至っている達人が、なんだか周りにたくさんおられるような気がしています





2014年2月 5日 (水)

【温故知新?】ブックレビューNo.3「大江戸釣客伝」

「大江戸釣客伝(上)(下)」夢枕 獏 著(2013年講談社)


Bookreview3
時代ものが苦手でさえなければオススメです!面白い!o(^o^)o

第46回吉川英治文学賞、第39回泉鏡花文学賞、第5回舟橋聖一文学賞の3冠受賞作品です。


この本は刊行されたのが2011年、文庫化されたのが昨年(2013年)なので、温故知新というこのコーナーの主旨には合わない面もあるかもしれません


元禄時代に生きた、現存する日本最古の釣り指南書「何羨録」を書いた「津軽采女」を主人公とした時代小説ですが、決して釣り指南を目的とした本ではありません。作者が夢枕獏先生ということもあり、最初はちょっと違和感のような感覚を抱えながら読み始めました。


夢枕獏先生というと、SFやファンタジー系の派手なストーリーがまず浮かび、次に時代ものというと「陰陽師」のイメージが出てきます。どちらも僕は大好きなんですが、創作の大家という印象があり、どうしても江戸時代に実在した釣り侍の話と頭の中でつながらなかったんです



読み終えました。


僕が思い描いていたことは、ことごとく外れていました。
それも「大外れ」です


夢枕摸先生の筆力。


想像力に任せたファンタジーの気配なんて、微塵も感じられませんでした。緻密で時間をかけた取材に基づいて、元禄時代の人々の性格や交友関係を丁寧に調べ上げ、生き生きとした人物像を浮かび上がらせています。


いえ、そんな堅苦しい表現では足りません。
先生の筆は、読み手を元禄時代に連れて行ってくれる魔法です。僕達はこの本を読むことによって、生類憐みの令の時代を生きた市井の釣り師達の生き様を実感することができます
釣りは、竿や鈎で魚を獲ることを示す言葉ではありません。



もうひとつの大外れは、この本が「何羨録」の誕生に焦点を当てた物語ではないことです。読む前、僕は勝手に「津軽采女の人生と、何羨録を書きあげるまでの紆余曲折が描かれているにちがいない」と思い込んでいました。


むしろ、津軽采女の人生の詳細は省かれています(その代わり物語の最後に作者自身による補足という形で記されます)。同じ時代を生き抜いた釣り好き達の、響きあう命の煌めきが、群像として描かれています。


この本を読むと、心の中に何人もの新しく古い友人を得ることができます
時代は違えども、釣りを愛し、懸命に生きた人達。何もかもが違うのに、こんなに魅かれてしまうのは、彼らが皆、どこか不器用ながらもひたむきに生きた姿と、釣りが好き、という心の共通点があるからなのでしょうか・・・。


竿は、人生を歩くための「杖」である。


できればいつか、登場人物達のお墓を巡って歩きたいと思います。





2014年2月 1日 (土)

【温故知新】ブックレビューNo.2「自選 釣れづれの記」

温故知新のブックレビューの2冊目です


「自選 釣れづれの記」矢口 高雄 著(つり人社1991年)


Bookreview2
読みやすい本です。読了以来、仕掛けの扱いが変わりました。

言わずと知れた「釣りキチ三平」の作者・矢口高雄先生のエッセイ集です


おそらく僕の世代から上の釣り好きな人達は例外なく「釣りキチ三平」の影響を受けているのではないでしょうか?僕ももちろんそのひとりで、「三平」にとどまらず、「バチヘビ」や「マタギ」等の生き生きとした自然にあふれるたくさんの作品とは、今でも心の中で一緒に過ごしていますし、「僕の学校は山と川」や「僕の手塚治」といった作品は心の教科書のような気がしてなかなか手放せず、今でも本棚に大切に置いてあります


この本はマンガではありません。
月刊誌「つり人」誌上に連載された176篇のエッセイから作者ご本人が選び出された24篇が収録されています。こっとんさんのブログで紹介されているのを拝見して、読んでみることにしました。


読んでみて、改めて感じたことは、「マンガ家」という職人の想像力の凄さです。


矢口先生のイマジネーションは、何かきっかけを得ると、泉・・・というより、火口から噴き出るマグマのように力強く広がっていきます。点と点の事実を繋ぎ合わせることは誰でも可能ですが、矢口先生の発想は線や面を超え、立体となり、常識を超えて膨らんでいきます。そのエネルギーの源のひとつは巨大な好奇心。もうひとつは、人や魚を含む「自然」が大好き大好きでしょうがないこと・・・。そんな風に感じました


この本の中にも、そんな想像力の爆発が記されています。
詳細には触れませんが、現存する日本最古の釣り指南書「何羨録」の作者・津軽采女に係わる章や、「釣りとタバコ」の関係を考察する章などからは、多くを学ばせて頂くことができたと思います。



もうひとつ。


この本を読んで感じたことは、人の繋がりの有り難さです。矢口先生には各界の才能ある方々が協力を惜しみません。それこそ日本中です。みんな矢口先生のファンだからです。先生はその繋がりによって、想像力に翼を得られています。


少し角度が変わりますが、僕は以前から「ブログは好奇心の空をはばたく翼のよう」と感じています。ブログによって産まれた人の繋がりが、無限の可能性を広げているように思うからです


大きさに違いはあるにせよ、望めば誰もが翼を持てる時代。


みなさんが羽ばたたこうとしているのは、どんな空でしょう?





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